「向上心がないものは馬鹿だ」って言ってみたいだけ

たしかその翌る晩の事だと思いますが、二人は宿へ着いて飯を食って、もう寝ようという少し前になってから、急にむずかしい問題を論じ合い出しました。Kは昨日自分の方から話しかけた日蓮の事について、私が取り合わなかったのを、快く思っていなかったのです。精神的に向上心がないものは馬鹿だといって、何だか私をさも軽薄もののようにやり込めるのです。ところが私の胸にはお嬢さんの事が蟠っていますから、彼の侮蔑に近い言葉をただ笑って受け取る訳にいきません。私は私で弁解を始めたのです。
夏目漱石 こころ

たしか高校の教科書に載っていたのを初めて読んだのがこの言葉との出会いだったかな…

まぁ、文字通りそのままの意味に受け取るとか、文意などの流れを踏まえて裏を考えてみるとか、色々と解釈の仕方のある言葉だなぁとは思うわけです。

 

格好付けて(?)「これが座右の銘だ」と言ってしまう様な若い時期もあったような気がするのは否定しないけどw

メキシコ人の漁師

この言葉と次の有名なコピペを、僕は何故かセットの様に思い出すのです。

「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」
メキシコ人の漁師

# どこから引っ張ってくれば良いのかすらわからないくらい広まってるコピペなので全文は適当に検索してくださいw

 

何となく、目的とか手段とか向上心とか、そういうのがごっちゃになって考えさせられるという部分が共通点の様な気がするわけですが(^_^;)

 

目的は?手段は?向上心って何?

僕の中の結論を言ってしまえば、「そんなのよくわからんよ」という見事なまでに精神的に向上心のない回答になってしまうのですがw

まぁ、そんなモノは人それぞれ、その時々で変わるモノでしょう( ´ ▽ ` )ノ

 

実際に、その状況で、どういう背景があって、どういう結果が欲しい(望ましい)のか…

それがわからない事には何とも動けなくなったなぁ、という感傷に浸ってみたり(゜¬゜)

# という逃げ方

 

銀の弾などない

ソフトウェア工学的には古典だけれども…

そして私たちは銀の弾、すなわちコンピュータハードウェアのコストと同じようにソフトウェアのコストも急激に小さくしてくれる特効薬を求める必死の叫び声を聞くのである。しかし、これから十年間という範囲で眺めると、銀の弾などはどこにも見えない。技術においても、管理手法においても、それだけで十年間に生産性や信頼性と容易性での飛躍的な改善を一つでも約束できるような開発は一つとしてない。
— ブルックス、滝沢、牧野、宮澤、2002年、第16章、pp.166-167 / 銀の弾などない

先ほど挙げたような、実生活の上でも考える項目のそれぞれは「本質的な複雑性」になるのではないかなと思うわけです。

それを差し置いて『銀の弾丸』を打ち込もうとしてしまうことは多い…

# まぁ、それが「経験」になるのだけどw

 

ということで「本質的な複雑性」に対して、きちんと向き合う様にしないといけないなぁと思うわけです。

「向上心」がどうのこうのとか、精神論的なモノって、たぶんその後に来るはず( ´ ▽ ` )ノ